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中学・高校時代の起立性調節障害や大学時代のうつ病を乗り越えて漫画家に。自分の経験からしか描けないマンガをめざして。

NHK学園卒業生で漫画家として活動している月本千景さん。起立性調節障害の発症と重い症状と付き合いながらの学校生活、そして漫画家を目指しての活動を描いた『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで』が2021年に中央公論新社から発売されました。起立性調節障害の症状やご本人の感じ方、思いなどがかかれた作品は、同じ病気に苦しむ中高生やその周囲の方から大きく支持されています。
月本さんにお話をうかがいました。

起立性調節障害のこと

――月本さんのことはnoteで拝見していました。今、NHK学園に入学のご相談にいらっしゃる方の中にも起立性調節障害の方が多くいます。月本さんが中学生の頃はまだこの病気の認知度が低く、理解を得るのに大変苦労されたのではないですか。
月本さん:当時はお医者さんにも知られていなくて、「精神的なことが原因ではないか」と言われて心療内科にかかったら、抗うつ薬を処方されるような状況でした。

――朝起きる時の気持ち悪さ、ひどいめまいや動悸、記憶力の低下などさまざまな症状があったようですね。重度な起立性調節障害だったのかと思いますが、どれくらいの期間症状が続きましたか。
月本さん:小学6年生から高校2年生の終わりぐらいまでですね。高3になると目に見えて良くなってきました。

――NHK学園で「こころの相談医」としてアドバイスをいただいている小児科・児童精神科医の方に保護者の方向けに起立性調節障害のお話をしていただいたことがあります。その話を聞いて、この病気は「体の成長に血液の供給が追い付かないことが原因で発症するのだ」ということが初めて理解できました。月本さんは身長の伸びは急激でしたか。
月本さん:中1になる頃には160㎝を超えていました。身長の伸びが急激すぎて、背骨が曲がる側弯症になったほどです。中学・高校の頃は168㎝あった身長が、その影響で3㎝縮みました。

NHK学園に入学して孤独感がなくなった

――起立性調節障害のことがあって、高校はNHK学園を選んだのですね。
月本さん:はい。小学校の頃の友人の姉が起立性調節障害だったのですが、NHK学園に進学していたのです。

――他の学校は検討されましたか。
月本さん:週1回通う定時制高校や他の通信制も見学に行きました。同年代の子がほとんどで、いわゆるヤンキー風な子もいたので、自分には落ち着いた雰囲気のNHK学園の方が向いていると感じて、入学を決めました。

――月1~2回登校のコース(現在のスタンダードコース)に入学。NHK学園ではどんな思い出がありますか。
月本さん:月1回でも友人ができて孤独感がなくなりましたね。私のように病気を持つ同年代の子、働きながら通う10歳ほど年上の人、シングルマザーで働きながら通う人など、普通の高校では出会うことのない多様な人たちです。スクーリングで会った時にたわいない話をする中で「みんなそれぞれ事情があるんだ」「自分だけじゃないんだ」と勇気づけられました。

マンガ科のある大学への進学と漫画家に必要なこと

――卒業後は、東京工芸大学マンガ学科へ進学。この時には、もう漫画家をめざしていたのですね。
月本さん:自分に何ができるか考えたときに、絵を描いたり、物語を書いたりするのが好きだったので、漫画家をめざすようになりました。

――NHK学園にもマンガやイラストが大好きな生徒がたくさんいるので、参考にうかがいたいのですが、漫画家になるのには、やはり絵を学んだほうがいいのでしょうか。
月本さん:必ずしもデッサン力が必要でもありませんが、絵はうまいに越したことはないですね。私が東京工芸大学を志望したのは、一般教養も学ぶことができたからです。専門学校ではマンガのことしか学べませんが、倫理や哲学、美学、語学、美術史などの歴史やデザイン学など幅広く学ぶことができるところに魅力を感じました。AO入試で入学したのですが、面接が午後からだったことも選んだ理由です。

――マンガもさまざまなテーマがあるので、描くのにも知識が必要ですよね。
月本さん:テーマについては調べたり、取材をしたりできるのですが、物語が矛盾しないように構成するのには論理的思考力が必要だと感じます。そして、ぴたりとくる言い回しで表現できる語彙力も必要です。基礎学力が大事だとつくづく感じます。
加えて、本を読むことも必要です。他の方が書いた本で、自分では考えもしなかった考え方を知ったり、エッセイを読んでさまざまな人生や知らない世界を知ったり。歴史の本を読んで昔の人の生活力を知って、自分のマンガに取り入れたいな、と思ったこともあります。

――机に向かうのが苦手という子もいます。
月本さん:机に向かうのが苦手でも、学校に行けなくても、本を読むことで知識を蓄えることができます。知らない漢字が出てきたら調べるのもいいし、他の人の人生や歴史からいろんなことを知ることができるので、物語を書かない人でも読書はおすすめしたいです。

――大学ではうつ病に苦しんだとか。原因は何だったのでしょう。
月本さん:完璧主義すぎたのかな、と思います。当時は、毎日学校に通ってきた子たちより自分は劣っている、と思っていました。「だから彼らよりやらなければいけない」とずっと自分にプレッシャーを与え続けていたんです。
でも、今は、「そういう経験からしか得られないものがある」とはっきり言えます。

めざすマンガは? 

――どんなマンガを描いていきたいですか。
月本さん:孤独感を感じている人の心を癒せるようなマンガが描きたいです。決して大衆向けではないけれども、話せなかった思いを代弁してくれるような、救いになれるような、栄養剤になれるようなものを描きたい。
編集者の方は当然大衆向けのものを求めるのですが、多くの人に面白いと思ってもらいつつも、一部の人には伝わるような自分の感情を盛り込む努力をしています。

起立性調節障害の方へのメッセージ

――最後に、起立性調節障害の方へのメッセージをお願いします。
月本さん:「大人になったら良くなるよ」と言われても、「この状態はいつまで続くんだろう」と不安がぬぐえないことと思います。でも、みなさんは、誰もがなるわけではないこの病気を通して、自分だけの症状や感情を経験したのではないでしょうか。この経験を活かして自分にしかできないどんなことができるか、と考えてもらえたら、と思います。
私は、起立性調節障害を経験してから他の人が体調悪そうにしているとすぐ気付くようになり、そういう人に対して今までよりもっと優しくなることができました。私と同じように、今までより人に優しくなれたという人は、そんな自分を愛してあげてください。


月本さん、温かいメッセージをありがとうございます。
月本さんの作品は、ほかに短編集『つきのもと』も出版されています。ぜひ月本ワールドに触れてみてください。